僕と誰かの日常の記録/妄想文章

個人的なブログ。永遠のど素人が一級建築士試験を受けてみた。小説や映画の感想。思いつきで書く創作的文章など。

大物芸能人に嫉妬する

当時、『恋のから騒ぎ』が好きだった。
でもあの頃とは何かが変わってしまった。
変わったのは僕の立場と心情、それだけは確実に変わったといえる。その他のことは驚くほど何もかわっていないかもしれない。
若いグラドルの入れ替わりの激しさと対照的に、大御所と言われる面子に用意されたイスは、時が経つのがわからなくなるくらい変化なくそこにある。

会社の役員と平社員のそれと同じように。

いつかの深夜番組で、有村架純への好意を述べる明石家さんまを観て、なんとも形容しがたい感情を抱いた。
誤解を恐れずにあえて一言で言ってしまうと、気持ち悪さを感じてしまった。

僕の年齢がそうさせるのか、明石家さんまの年齢がそう感じさせるのかよくわからなかったけれど、僕のような三十路のおじさんが言っても世間一般には気持ち悪いと思われるだろう台詞を、60才オーバーの彼がしれっと言っていることへ、不快感を抱いたのだ。
それは自分がおじさん世代に突入したからこその嫉妬の気持ちが多分にあるのか。今はまだよくわからない。
たとえば、20年前に彼を観ていたときとはまた状況が違っている。

きっとそういうことなんだろう。

そして、まるでキャバクラのホステスが社長に媚びるように新人女優が媚びまくった気のきいたコメントを話す。それは空気を読んでいる。
それがなんとも今の僕には不快なのだ。

権力を利用して、おべっかを使わせて、それで本人がいい気分になったとして、なんの意味があるのか。
僕がそんな状況になったとして、そうしたら僕もいい気分になってその状況を保持したいなんて思ってしまうだろうか。

いつの世も、そんなもんだと言えばそんなもんだ。

ただ、なにもかも中途半端な僕は、そんな光景をテレビ越しに眺めながら嫉妬をおさえることができない。
いつまでも権力を握る親父のように、僕は明石家さんまを疎ましく思う。何を隠そう、ちょうど実父と同じ年代なのだ。子どもの頃に憧れた親父は、いままさに、越えるべき尊敬と憎しみの対象だ。



僕は今の気持ちを備忘録として残すことにする。


そしてまた明日も地べたを這って生きようと思う。