深夜と雑音
今日も音が聞こえる。色々な音。
かちゃ、かちゃ。
かちゃ、がちゃ。
ソファに転がり、スマートフォンを触りながらアルコールを摂る僕の視界の隅。
シンクと皿が接触して不愉快な音を立てている。
音それ自体には感情なんてないはずだ。でも、その音は僕を責めるために彼女が奏でているように聴こえた。大きな音だ。スマートフォンにはとても集中できない。
食器同士が「がちゃん!」と破滅的な音量でぶつかった。反射的にびくりと体が震えた。
だんだんと胸がざわざわする。
罪悪感?
彼女に対する色々な罪悪感。
たとえばだけれど、ほんとうにたとえばだけど、もしそれが実際は幸せのために奏でた音色だったとしても、僕の思い込みひとつで不吉ななにかに変わるのか?
「なにか怒ってる?」
と率直に聞いてみた。
「え?なに?どしたの?」と彼女。
屈託のない顔。
自分がなにに怯えているのか、
わからなくなる。
深夜、アパートの寝室は異常に静まりかえっていた。
彼女の寝息だけがすやすやと聞こえていた。
部屋に唯一ある窓は道路に面しているけれど、車の音も歩道を歩く人の声もない。
なんだか不自然なくらいに。
壁の先だ。
くぐもった音、いや、声がした。
僕は壁に耳を当て呼吸を止めた。
声は二人分あった。
男と女の声。
突然、どん、どん、となにかを叩くような音がした。
それが少しの間続いた。
再びの沈黙。
僕は石になったように壁から動かない。
ふっと、女性の笑い声がした。
それに応えるような男性の低い優しい声。
なにを言っているのかはわからない。
かろうじて聴き取れるのは抑揚だけだ。
壁を隔てた向こうで暮らす隣人は、なにを思って、何を話しているのだろう?
そんなことを考えていたら、壁の向こうの会話はいつの間にか止んでいて、再びの静寂が訪れた。
彼女はすやすやと寝息を立てていた。
その音色は僕の心臓まで届き、体の内部で反響して変化する。どうやら、僕の体は出来の悪い楽器みたいだ。